桃色のうさぎ

大丈夫な日の私だけをみつめてよ

間違いだらけの愛され方

刺激は時間が経てば薄れるよ、という優しくも冷酷な彼の言葉が、未だにわたしの心に沁みついている。
それは間違いなんかじゃない。永遠だと信じて、それが嘘のようにあっけなく消えた恋やときめきはいくつもある。
彼の言うとおりに、薄れてくれた方が幸せだったのかもしれない。けれどあれから一ヶ月も経つのに、彼と過ごした一晩はわたしの記憶から無くなるどころか、取り出すたびに鮮明になっていくようだ。


セックスをしないと人から好かれない、と本気で思っていた。そこから始まる恋愛ごっこを繰り返して、自分や他人を幾度も傷付けた。
生理のとき、体調が悪いとき、よほどの理由がなければ相手が求めてくれば応えた。どうしてもできないときは、嫌いにならないでね、と泣きついた。
なんとしてでも誰かに愛されていたかった。そこには愛なんてあるはずなく、互いの欲望しかないと自分でも分かっていたはずだけれど、見てみぬふりをしていた。
愛のない恋愛ごっこは成立するはずがなかった。わがままで自己中心的なわたしに苦言を呈してくれた人もいた。それすらも振り払っていたわたしは、誰からも愛される資格なんてなかった。


彼とのきっかけを作ったのはわたしだった。
お酒のせいにしてしまえばいいと思ったし、今までどおりにすればわたしのことを愛してくれるかもしれないと、恥ずかしいことに子どもじみた思考は未だに抜けていなかった。25歳にもなって中身が空っぽなわたしは、それしか彼の隣にいるための手段を知らなかった。
彼にベッドに座らされてキスをされた。今までの中でいちばん優しいキスをされながら、わたしはこの人としてしまうんだな、と、少しのときめきと壮大な自己嫌悪と虚しさを感じた。何杯もお酒を飲んで泥酔していたはずだったのに、そのときだけ冷静だった。
なんとなくムダ毛処理はしてきたけれど下着までは考えてなかった、暗いからいいか、などと酒の回る頭で考えるわたしは、そのままベッドに寝かされた。
彼も隣に横になって、結局わたしたちはセックスをしなかった。一晩中手を繋いで眠るだけだった。それにひどく安心して、少し切なかった。

ただ単に、わたしにそこまで興味がなかっただけかもしれない。互いに準備は足りていなかったし、大人だからしてはいけないことの分別がついているのだ。
わたしはあの晩を日々記憶から取り出しては、薄れないように何度もなぞる。彼の華奢な手の温度を絶対に忘れたくなかった。
この想いを抱えて生きていく上で、これからどんなに辛いことが待っていようとも、あの晩の記憶は眩しいほどにわたしの中で輝き続けるだろう。


片想いをするようになって、今まで何年も聴いていた曲がまるで違う歌のように感じる。
彼に出会わなければ、あの日わざわざ歯医者の予約をキャンセルしてまで彼との飲み会に行かなければ、あの晩彼に抱かれていたら、彼が空っぽなわたしと付き合ってしまっていたら、それを知らないまま生きていたのだろう。
日常は些細なことで大きく変わる。彼以上にどうしようもなく好きだと思える人に出会う可能性だって大いにある。
その些細なことを見落とさずに生きていきたい。