桃色のうさぎ

大丈夫な日の私だけをみつめてよ

自分が本当にしたいことを見つけた

知らず知らずのうちに社会に溶け込みすぎて、自分が本当にしたいことを見失っていた。

 

職業柄、海外旅行が好きな人と話すことが多かった。
みんな「海外には行ったほうがいいよ」と口を揃えた。わたしは海外に行ったことがなかった。親は海外に全く興味がなかったし、行く機会がなかった。
べつに自分が行きたいと思わなければ行く必要なんてないと考えていた。

 

1月末、夏から一年間カナダにワーホリに行く幼馴染に会った。
彼女は昔から行動力があって、わたしとは対象的に自分で何でも決めてしまう質だった。彼女の親はそれに振り回されることも多いけれど、未だに自分の親の顔色を伺っているわたしから見たら、とてもかっこよかった。
産まれる前から親同士が知り合いで、一時期会わない期間もあったけれど、共通の趣味を見つけてからは年に一度は会っていた。天真爛漫な彼女といるときのわたしは、頭が痛くなるくらい笑った。
一年間とはいえ会えなくなるの寂しいなあ、と嘆くわたしに、そんなのカナダに来ればいいじゃん、とあっけらかんと彼女は答えた。パスポートも持っていないわたしにそんな考えは一切なくて、そんなの無理だよ、とはぐらかした。

 

その数日後、わたしは恋に落ちる。
彼は一人で海外に行くことが好きだった。とにかく話が上手いので、まるで情景が目に浮かぶようだった。
彼の話を聞いたわたしは、行ってみたいなあ、と無意識のうちに口にしていた。そんなこと思ったのは初めてだったから自分でも驚いた。彼は前述の幼馴染のように、行けばいいじゃん、とあっけらかんと答えた。
幼馴染は昔から行動力があったから海外に行くのも当然だよな、と考えていたけれど、彼の場合は元々は内向的な性格だったと言う。
今ではグループの真ん中でみんなを盛り上げている彼が、どうしようもなく眩しく見えた。わたしもこうなりたいと思った。


小学生の頃、わたしの友達は文庫本だった。
周りの同級生が夕方のアニメやジャニーズの話をしている中、わたしは梨木香歩江國香織森絵都の紡ぐ世界に魅せられていた。
母も本を読むことが好きだったから、その影響が大きかったと思う。友達のいないわたしを担任は心配したけれど、余計なお世話だと思った。一人で楽しみを見つけて過ごせることを母は褒めてくれた。
なんだかんだ学生時代は絶えず本を読んでいた。高校生の頃、一時だけ孤独になったときのわたしの友達は、恩田陸村上春樹の世界観だった。
自分で文章を書くことも好きだった。誰かに見せることはほぼなかったけれど、自分の想像する世界を形にすることはとてもワクワクした。
社会人になってからは仲のいい同期もできて、本を読む時間なんてなくなってしまった。文章を書くこともしばらくなかった。
久々に筆を取って書いたものは、仮面ライダービルドの二次創作だった。昔よりもすらすらと言葉が出てこないことが苦しくて、それでもなんとか書き上げて恐る恐るPixivに投稿して、たくさんの評価がついたときは言い表しようのない快感があった。仕事で褒められることよりも、ずっとずっと嬉しかった。自分の存在を認められたような気がした。

転職してから、久しぶりに本を読むことにした。
まるで草木が水を吸い込むように、わたしは一文字一文字を自分のものにしようと必死だった。もっと色んな言葉を知りたかった。

 

海外旅行が好きな彼にフラれたわたしは、彼への想いを一晩中考えた。
彼への気持ちは「憧れ」と表現すべきなのかもしれない。彼のように色んなものを見て、わたしは話すことが上手くないから文字にしたいと思った。
彼はわたしに「もっと視野を広げるべきだよ」と教えてくれた。気付いたらわたしは職場と1LDKの家しか視界に入っていなかった。
そこが自分の住む世界だと思っていた。けれど、どこへでも行けることに気付いた。世界中の見たことないものを見て、自分の一部にして、文字にしてだれかに伝えたいという自分の本当の気持ちに気付いた。
本を読むだけでも表現力や語彙力は培われるけれど、それで文章を書いてもだれかの真似事に過ぎない。自分で見たものを自分の言葉にしなければ気が済まなかった。学生時代、さまざまな言葉に救われてきたように、わたしも自分の言葉で誰かを救いたかった。

 

今までつらつらと書き連ねてきたことに加えて目的はもう一つ、「恋愛への依存を断ち切ること」。
わたしは常に誰かに愛されていないと気が済まなかった。それがたとえ嘘の「好きだよ」でも良かった。誰かに愛されることでしか、自分の存在意義を見出せなかった。
それは大きな間違いで、どんな形でも依存は破滅に繋がる。元彼との5年間のゆるやかな共依存も、ある日突然現れた「自分の世界にはいなかった人」によって、打ち砕かれた。
彼自身も依存の末の終わりを経験していたから、依存をひどく嫌った。彼にフラれてからの一ヶ月間、依存からの脱却方法を必死で考えた。
見つけた結論は「自分を愛せるようになること」だった。
今のわたしは何も中身のない空っぽ人間だ。そんな自分は好きじゃないし、誰も好きになってくれるわけがない。途方もない回り道かもしれないけれど、様々な経験をして自分で文字にできるようになったら、自分のことを愛せると思った。
人間すぐに変われないことなんて分かっている。5年かかっても、10年かかってもいい。


そんなことがあってから、まるでわたしは生まれ変わったような気分だ。
つい最近まで結婚する気なんて更々なくて、彼のことを好きになった途端に結婚したい気持ちが暴走していた。
今でも彼のことは好きだし、そのうち誰かと結婚したいとも思っている。
けれどそれは二の次だ。自分の夢は一人でいるうちに決行しなければならない。
そうして自分を認められるくらいに成長した先に、本当の愛が待っているような気がする。