桃色のうさぎ

大丈夫な日の私だけをみつめてよ

世界の終わりにきみの隣にいたかった

頭の中でジムノペディ第1番が鳴りやまない。

 

2月、腰より少し上くらいまで伸びた髪を、好きだった人のために肩の長さまで切った。一昨日、好きだった人への想いと決別するために、完全なショートヘアにした。
もともとショートヘアが似合うと言われていたので、周囲からとても好評で嬉しかった。
けれど好きだった人への想いは今でも眩しいくらいに煌めいている。

 

彼と過ごした時間でいちばん好きだったのは、一緒にダブルベッドで眠っている夜だった。
骨ばった彼の身体は寝心地がいいとは言えないから、何度か目覚めて、彼がコンプレックスだと言っていたいびきを聞くのが幸せだった。
先日、わたしが彼にプロポーズをして、またあのベッドで眠るというとても馬鹿げた夢を見た。
夢のくせに、彼のあまい匂いもぬるい体温もぜんぶがあの夜のままで、目が覚めてから涙が止まらなかった。そんな夢を見るくらいなら二度と目覚めたくなかったし、目覚めるのならば夢に出てきてほしくなかった。

 

昨晩、あれだけ敬遠していたマッチングアプリに登録した。
このご時世だから直接会うこともできないし、もう他人に期待しないと決めたから、だれかとすぐに付き合うつもりはない(よほど仲良くならない限り会うのは億劫だし、今はオンライン飲み会が主流だと聞いたので登録したのもある)。気軽に飲みに行ける友達ができたらいいな、程度の気持ちでやっている。
最初は冷やかしのつもりだったけれど意外とまともな人が多くて、趣味が同じ人と話すのはとても楽しい。

 

だれかと知り合えば知り合うほどに、彼の面影を求めている自分がいる。
先日、街中でジムノペディ第1番を聴いてしまったわたしは身が竦んでしばらく動けなくなってしまった。あのよく晴れた土曜の朝、彼の弾くジムノペディ第1番を聴きながら飲んだ、あまり好きではなかった砂糖入りの紅茶のにおいが香ってくるような気すらした。
あの日の思い出を大切に取っておきたいと思うほどに、わたしの心はひどく痛む。
ただ、他愛もない話をしながら一緒にお酒を飲めるだけでよかった。手を繋いで眠るだけで、わたしは世界でいちばん幸せだった。
わたしはいつになったらこの呪いから解放されるのだろうか。