桃色のうさぎ

大丈夫な日の私だけをみつめてよ

恋と牡蠣

人と付き合う上で、食の好みは重要視している。
新卒のときに仲が良かった男の子の中で、一緒にいてとても楽しいし見た目もタイプな子がいた。その子ともキスだけはしたことがある(キス魔か?)。
けれどその子は好き嫌いがとても多かった。卵、納豆、かさの大きなきのこ、豆腐などなど……。
どうせ付き合うなら結婚を視野に入れたいタイプなので、きっと食の好みで気が合わないなあ、となり、わたしは先日別れた元彼を選んだ。


好きな人と意気投合したのは、「家系ラーメン」と「牡蠣」がきっかけだった。
どちらもわたしの好物なのだけれど、元彼はどちらも得意ではなかった。かといって家系ラーメンは一人で食べに行けばいいし、牡蠣は友達とかと食べればいいし、大した問題ではなかった。
好きな人とはお酒の飲み方も似ていた。元彼はわたしの大好きな日本酒もワインも飲めなかった。それも大した問題ではなかったけれど、もちろん飲める人の方が一緒にいて楽しい。
好きな人と過ごす時間はあっという間だった。こちらの話も楽しそうに聞いてくれるし、気の利いたアドバイスもくれるし、わたしが知らない世界の話をたくさんしてくれた。
一緒に飲みに行った先でうるさい人がいたり、わたしが度の過ぎた愚痴を話し始めると不機嫌になっていた元彼のことを考えながら、一緒に飲んでいてこんなに楽しい人は初めてだ、と思った。


閑話休題
好きな人と急接近したのは、ちょうど牡蠣のシーズンだった。
いたるお店に生牡蠣が置いてあり、そのたびに食べましょうよ!と好きな人を誘った。けれど好きな人はいつも困った様子で、食べたいけど不安が拭い切れないよね、とはぐらかすばかりだった。

好きな人はどこまでも優しくて、真面目で、そこが大好きだったし欠点でもあった。
数人での飲み会の最中、好きな人はこの前行った海外旅行の話をしてくれた。どの話の最後にも、楽しかったけれどパートナーと行くところだったなあ、と、寂しげに笑った。

彼の悩みは、彼女がほしいけれど元奥さんの思い出が沁みついていて、そんな状態で他の人と付き合ったら失礼じゃないのか、とのことだった。
一緒に飲んでいた恋愛経験豊富な男性も、わたしも、そんなことを気にしていたら次に進むことはできないよ、と答えたけれど、好きな人は煮え切らない様子だった。
とても慎重な人なんだな、と思った。不安だからと好物のはずの牡蠣に手を出さない様子は、なんだか恋愛に対する姿勢に似ていた。

だからこそあの晩、ずっと気になっていたはずのわたしに少しだけ手を出したことを後悔しているのだろうか。
わたしがフリーの状態だったとしたら、もっと時間をかけて友達として仲良くなっていたのなら、付き合えていたのだろうか。
不毛な間違い探しを延々と繰り返してばかりだ。


彼の前で面倒な感情は出さないと決めたばかりなのに、飲み会の別れ際、彼のことを引き留めたわたしは涙が止まらなかった。
もうどうすればいいかわからないんです、連絡だってしたいけれど嫌われたくないし、と泣きじゃくるわたしに彼は優しく、連絡ぐらいいつだってしてよ、と答えた。あの夜あなたと手を繋いで眠ったことがとても幸せだったと伝えたら、彼はとても悲しそうな顔で、ごめんなさい、と言うだけだった。

どうせ手を出されるなら、さんざんな目に合わせてくれたらよかった。
どこまでも優しくて、残酷で、それでも嫌いになんてなれそうにない。