桃色のうさぎ

大丈夫な日の私だけをみつめてよ

間違いだらけの愛され方

刺激は時間が経てば薄れるよ、という優しくも冷酷な彼の言葉が、未だにわたしの心に沁みついている。
それは間違いなんかじゃない。永遠だと信じて、それが嘘のようにあっけなく消えた恋やときめきはいくつもある。
彼の言うとおりに、薄れてくれた方が幸せだったのかもしれない。けれどあれから一ヶ月も経つのに、彼と過ごした一晩はわたしの記憶から無くなるどころか、取り出すたびに鮮明になっていくようだ。


セックスをしないと人から好かれない、と本気で思っていた。そこから始まる恋愛ごっこを繰り返して、自分や他人を幾度も傷付けた。
生理のとき、体調が悪いとき、よほどの理由がなければ相手が求めてくれば応えた。どうしてもできないときは、嫌いにならないでね、と泣きついた。
なんとしてでも誰かに愛されていたかった。そこには愛なんてあるはずなく、互いの欲望しかないと自分でも分かっていたはずだけれど、見てみぬふりをしていた。
愛のない恋愛ごっこは成立するはずがなかった。わがままで自己中心的なわたしに苦言を呈してくれた人もいた。それすらも振り払っていたわたしは、誰からも愛される資格なんてなかった。


彼とのきっかけを作ったのはわたしだった。
お酒のせいにしてしまえばいいと思ったし、今までどおりにすればわたしのことを愛してくれるかもしれないと、恥ずかしいことに子どもじみた思考は未だに抜けていなかった。25歳にもなって中身が空っぽなわたしは、それしか彼の隣にいるための手段を知らなかった。
彼にベッドに座らされてキスをされた。今までの中でいちばん優しいキスをされながら、わたしはこの人としてしまうんだな、と、少しのときめきと壮大な自己嫌悪と虚しさを感じた。何杯もお酒を飲んで泥酔していたはずだったのに、そのときだけ冷静だった。
なんとなくムダ毛処理はしてきたけれど下着までは考えてなかった、暗いからいいか、などと酒の回る頭で考えるわたしは、そのままベッドに寝かされた。
彼も隣に横になって、結局わたしたちはセックスをしなかった。一晩中手を繋いで眠るだけだった。それにひどく安心して、少し切なかった。

ただ単に、わたしにそこまで興味がなかっただけかもしれない。互いに準備は足りていなかったし、大人だからしてはいけないことの分別がついているのだ。
わたしはあの晩を日々記憶から取り出しては、薄れないように何度もなぞる。彼の華奢な手の温度を絶対に忘れたくなかった。
この想いを抱えて生きていく上で、これからどんなに辛いことが待っていようとも、あの晩の記憶は眩しいほどにわたしの中で輝き続けるだろう。


片想いをするようになって、今まで何年も聴いていた曲がまるで違う歌のように感じる。
彼に出会わなければ、あの日わざわざ歯医者の予約をキャンセルしてまで彼との飲み会に行かなければ、あの晩彼に抱かれていたら、彼が空っぽなわたしと付き合ってしまっていたら、それを知らないまま生きていたのだろう。
日常は些細なことで大きく変わる。彼以上にどうしようもなく好きだと思える人に出会う可能性だって大いにある。
その些細なことを見落とさずに生きていきたい。

自分が本当にしたいことを見つけた

知らず知らずのうちに社会に溶け込みすぎて、自分が本当にしたいことを見失っていた。

 

職業柄、海外旅行が好きな人と話すことが多かった。
みんな「海外には行ったほうがいいよ」と口を揃えた。わたしは海外に行ったことがなかった。親は海外に全く興味がなかったし、行く機会がなかった。
べつに自分が行きたいと思わなければ行く必要なんてないと考えていた。

 

1月末、夏から一年間カナダにワーホリに行く幼馴染に会った。
彼女は昔から行動力があって、わたしとは対象的に自分で何でも決めてしまう質だった。彼女の親はそれに振り回されることも多いけれど、未だに自分の親の顔色を伺っているわたしから見たら、とてもかっこよかった。
産まれる前から親同士が知り合いで、一時期会わない期間もあったけれど、共通の趣味を見つけてからは年に一度は会っていた。天真爛漫な彼女といるときのわたしは、頭が痛くなるくらい笑った。
一年間とはいえ会えなくなるの寂しいなあ、と嘆くわたしに、そんなのカナダに来ればいいじゃん、とあっけらかんと彼女は答えた。パスポートも持っていないわたしにそんな考えは一切なくて、そんなの無理だよ、とはぐらかした。

 

その数日後、わたしは恋に落ちる。
彼は一人で海外に行くことが好きだった。とにかく話が上手いので、まるで情景が目に浮かぶようだった。
彼の話を聞いたわたしは、行ってみたいなあ、と無意識のうちに口にしていた。そんなこと思ったのは初めてだったから自分でも驚いた。彼は前述の幼馴染のように、行けばいいじゃん、とあっけらかんと答えた。
幼馴染は昔から行動力があったから海外に行くのも当然だよな、と考えていたけれど、彼の場合は元々は内向的な性格だったと言う。
今ではグループの真ん中でみんなを盛り上げている彼が、どうしようもなく眩しく見えた。わたしもこうなりたいと思った。


小学生の頃、わたしの友達は文庫本だった。
周りの同級生が夕方のアニメやジャニーズの話をしている中、わたしは梨木香歩江國香織森絵都の紡ぐ世界に魅せられていた。
母も本を読むことが好きだったから、その影響が大きかったと思う。友達のいないわたしを担任は心配したけれど、余計なお世話だと思った。一人で楽しみを見つけて過ごせることを母は褒めてくれた。
なんだかんだ学生時代は絶えず本を読んでいた。高校生の頃、一時だけ孤独になったときのわたしの友達は、恩田陸村上春樹の世界観だった。
自分で文章を書くことも好きだった。誰かに見せることはほぼなかったけれど、自分の想像する世界を形にすることはとてもワクワクした。
社会人になってからは仲のいい同期もできて、本を読む時間なんてなくなってしまった。文章を書くこともしばらくなかった。
久々に筆を取って書いたものは、仮面ライダービルドの二次創作だった。昔よりもすらすらと言葉が出てこないことが苦しくて、それでもなんとか書き上げて恐る恐るPixivに投稿して、たくさんの評価がついたときは言い表しようのない快感があった。仕事で褒められることよりも、ずっとずっと嬉しかった。自分の存在を認められたような気がした。

転職してから、久しぶりに本を読むことにした。
まるで草木が水を吸い込むように、わたしは一文字一文字を自分のものにしようと必死だった。もっと色んな言葉を知りたかった。

 

海外旅行が好きな彼にフラれたわたしは、彼への想いを一晩中考えた。
彼への気持ちは「憧れ」と表現すべきなのかもしれない。彼のように色んなものを見て、わたしは話すことが上手くないから文字にしたいと思った。
彼はわたしに「もっと視野を広げるべきだよ」と教えてくれた。気付いたらわたしは職場と1LDKの家しか視界に入っていなかった。
そこが自分の住む世界だと思っていた。けれど、どこへでも行けることに気付いた。世界中の見たことないものを見て、自分の一部にして、文字にしてだれかに伝えたいという自分の本当の気持ちに気付いた。
本を読むだけでも表現力や語彙力は培われるけれど、それで文章を書いてもだれかの真似事に過ぎない。自分で見たものを自分の言葉にしなければ気が済まなかった。学生時代、さまざまな言葉に救われてきたように、わたしも自分の言葉で誰かを救いたかった。

 

今までつらつらと書き連ねてきたことに加えて目的はもう一つ、「恋愛への依存を断ち切ること」。
わたしは常に誰かに愛されていないと気が済まなかった。それがたとえ嘘の「好きだよ」でも良かった。誰かに愛されることでしか、自分の存在意義を見出せなかった。
それは大きな間違いで、どんな形でも依存は破滅に繋がる。元彼との5年間のゆるやかな共依存も、ある日突然現れた「自分の世界にはいなかった人」によって、打ち砕かれた。
彼自身も依存の末の終わりを経験していたから、依存をひどく嫌った。彼にフラれてからの一ヶ月間、依存からの脱却方法を必死で考えた。
見つけた結論は「自分を愛せるようになること」だった。
今のわたしは何も中身のない空っぽ人間だ。そんな自分は好きじゃないし、誰も好きになってくれるわけがない。途方もない回り道かもしれないけれど、様々な経験をして自分で文字にできるようになったら、自分のことを愛せると思った。
人間すぐに変われないことなんて分かっている。5年かかっても、10年かかってもいい。


そんなことがあってから、まるでわたしは生まれ変わったような気分だ。
つい最近まで結婚する気なんて更々なくて、彼のことを好きになった途端に結婚したい気持ちが暴走していた。
今でも彼のことは好きだし、そのうち誰かと結婚したいとも思っている。
けれどそれは二の次だ。自分の夢は一人でいるうちに決行しなければならない。
そうして自分を認められるくらいに成長した先に、本当の愛が待っているような気がする。

25歳の初恋

昼は新生活に胸を膨らませて、夜は好きな人と元奥さんのことを考えて憂うつになって、好きな人と過ごした時間を思い返して眠りに就く。
そんな毎日を送っている。
彼に恋してから、もうすぐ1ヶ月が経とうとしている。


久々に母と飲みに出かけて、18時から1時までひたすら喋り倒した。
好きな人とインドカレーを食べていたときの大したこともない出来事を話していたとき、突然母が泣きだした。
こんなに楽しそうに恋しているのを初めて見た。今までどこかつまらなさそうだったから、本当にその人のことが好きなんだね、と話す母の言葉と、熱燗のぬるさが今でも胸に染みついている。

わたしは高校の頃、どうしようもない恋愛ばかりしてきた。
高1のときに初めてできた彼氏とはケンカばかりで、半年経った頃にフラれた。それ以来、とにかく心細くて、高2だった当時はマッチングアプリなんてものはなかったので「メル友掲示板」みたいなところで出会いを求めた。
高2というだけで男はいくらでも釣れる。今思えば体目的の人しかいないに決まっているのに、手に入るわけがない愛をわたしは必死で求めていた。
その頃は学校も居心地が悪くて、家庭も荒れていて、とにかく誰かと繋がっていたかった。

高校を卒業してから少しはマシになったけれど、そこに本当の愛なんてなかった。
付き合えそうな人に声をかけて、自己満足の愛をぶつけて、何度もケンカをした。
相手に合わせて成長なんてしたくなかったし、今の自分を好きになってくれない男なんていらなかった。
最低な女だ。


母は何度も繰り返す。
片想いは辛いこともたくさんあるけれど、結ばれたとしてその後にケンカすることがあっても、好きだった気持ちを思い出せば大丈夫。もしも結ばれなくても、相手のために成長して、貴重な経験をさせてくれた彼に感謝するんだよ。


宇多田ヒカルの「初恋」を聴いて、わたしの歌だ、と思った。
好きな人のすべてが愛おしい。手に入らないことが苦しくて、隣にいさせてもらえないことが辛くて、好きになりたくなかったと何度も思った。
それでも一緒に過ごしたときのことを思い返すとどうしようもなく楽しくて、次はいつ会えるかな、と考える。
25歳のちょうど立春、わたしはようやく初恋を知り、穏やかな失恋をして、途方もない片想いを始めた。

 

好きな人の心には、未だに元奥さんが棲んでいる。
その代わりになれるならそれでもいいから、好きな人の傍にいたい。けれどそんなことをするような人ではないし、誰も誰かの代わりになんてなれない。
わたしにとっての好きな人も、誰も代わりなんてできないだろう。これがあと何年続くのだろうか、一生独りぼっちなのだろうか。
漠然とした不安は、今日もわたしを苦しめる。

恋と牡蠣

人と付き合う上で、食の好みは重要視している。
新卒のときに仲が良かった男の子の中で、一緒にいてとても楽しいし見た目もタイプな子がいた。その子ともキスだけはしたことがある(キス魔か?)。
けれどその子は好き嫌いがとても多かった。卵、納豆、かさの大きなきのこ、豆腐などなど……。
どうせ付き合うなら結婚を視野に入れたいタイプなので、きっと食の好みで気が合わないなあ、となり、わたしは先日別れた元彼を選んだ。


好きな人と意気投合したのは、「家系ラーメン」と「牡蠣」がきっかけだった。
どちらもわたしの好物なのだけれど、元彼はどちらも得意ではなかった。かといって家系ラーメンは一人で食べに行けばいいし、牡蠣は友達とかと食べればいいし、大した問題ではなかった。
好きな人とはお酒の飲み方も似ていた。元彼はわたしの大好きな日本酒もワインも飲めなかった。それも大した問題ではなかったけれど、もちろん飲める人の方が一緒にいて楽しい。
好きな人と過ごす時間はあっという間だった。こちらの話も楽しそうに聞いてくれるし、気の利いたアドバイスもくれるし、わたしが知らない世界の話をたくさんしてくれた。
一緒に飲みに行った先でうるさい人がいたり、わたしが度の過ぎた愚痴を話し始めると不機嫌になっていた元彼のことを考えながら、一緒に飲んでいてこんなに楽しい人は初めてだ、と思った。


閑話休題
好きな人と急接近したのは、ちょうど牡蠣のシーズンだった。
いたるお店に生牡蠣が置いてあり、そのたびに食べましょうよ!と好きな人を誘った。けれど好きな人はいつも困った様子で、食べたいけど不安が拭い切れないよね、とはぐらかすばかりだった。

好きな人はどこまでも優しくて、真面目で、そこが大好きだったし欠点でもあった。
数人での飲み会の最中、好きな人はこの前行った海外旅行の話をしてくれた。どの話の最後にも、楽しかったけれどパートナーと行くところだったなあ、と、寂しげに笑った。

彼の悩みは、彼女がほしいけれど元奥さんの思い出が沁みついていて、そんな状態で他の人と付き合ったら失礼じゃないのか、とのことだった。
一緒に飲んでいた恋愛経験豊富な男性も、わたしも、そんなことを気にしていたら次に進むことはできないよ、と答えたけれど、好きな人は煮え切らない様子だった。
とても慎重な人なんだな、と思った。不安だからと好物のはずの牡蠣に手を出さない様子は、なんだか恋愛に対する姿勢に似ていた。

だからこそあの晩、ずっと気になっていたはずのわたしに少しだけ手を出したことを後悔しているのだろうか。
わたしがフリーの状態だったとしたら、もっと時間をかけて友達として仲良くなっていたのなら、付き合えていたのだろうか。
不毛な間違い探しを延々と繰り返してばかりだ。


彼の前で面倒な感情は出さないと決めたばかりなのに、飲み会の別れ際、彼のことを引き留めたわたしは涙が止まらなかった。
もうどうすればいいかわからないんです、連絡だってしたいけれど嫌われたくないし、と泣きじゃくるわたしに彼は優しく、連絡ぐらいいつだってしてよ、と答えた。あの夜あなたと手を繋いで眠ったことがとても幸せだったと伝えたら、彼はとても悲しそうな顔で、ごめんなさい、と言うだけだった。

どうせ手を出されるなら、さんざんな目に合わせてくれたらよかった。
どこまでも優しくて、残酷で、それでも嫌いになんてなれそうにない。

最後の恋だとまた見間違った

去年出会ったばかりの人のことを好きになって、新卒から5年間同棲していた彼氏と別れて、給料ほぼすべて貢いでいた男装喫茶の推しに別れを告げた。
すべてここ二週間の出来事だ。


彼のことをいつから好きだったかなんて分からない。
彼曰く、結構最初の頃からサインをくれていたよね、なんて言うけれど、最近までは元彼と別れる気も無かったし推しが世界で一番かっこいいと思っていた。
あの夜までは。

たしかに興味が無かったといえば嘘になる。
職場関係で知り合った彼は、いつもグループの中心みたいな存在で、みんなを笑わせてくれる人だった。
今思えば、その人に会いたくて集まりに行っていたのかもしれない。


急展開はたったの一晩だった。
グループLINEに、彼からのご飯の誘いが入った。その日わたしは歯医者の予定が入っていたけれど、どうしてだか絶対に行きたくなってしまい、わざわざ歯医者の予定をリスケした。
参加者はわたしと彼、もう一人の三人だった。
わたしは食事に合わせて呑むお酒を変えるこだわりがあるのだけれど(前菜にはスパークリング、肉には赤ワイン、魚には日本酒など)、その傾向が彼と同じだった。そんな男性に出会ったのは初めてだった。
他愛もない話をする中、楽しくなったわたしはすっかり酔ってしまった。
この辺りから記憶は曖昧だ。二軒目からはわたしと彼の二人きりで、そろそろ帰った方がいいんじゃない、と話す彼に、三軒目に行くことを強請った。仕方なさそうに、終電までには帰るんだよ、と断らなかった彼の表情だけを鮮明に覚えている。


わたしは昔から酒に呑まれやすく、少しでも好意がある相手には男女年齢関係なくくっついてしまう癖がある。
くっつくことはしなかったものの、「わたしに彼氏がいなかったら○○さんのこと口説いたのにな」なんて発言をしてしまった。
そういうことは彼氏がいないって嘘をついて言うんだよ、と、彼は呆れたように笑った。


18時から飲んでいたというのに、時計はあっという間に23時を回った。
ちょくちょく終電を調べていたつもりだったけれど、きちんと時間を認識できていなかったのかもしれない。
我に返ったのは、元彼宅への終電が去ったその瞬間だった。
そのとき、彼がどんな表情をしていたのか覚えていない。
わたしと彼は必然的に、そこから数駅の彼の家に行くこととなった。


男の一人暮らしとは思えないくらい、彼の家は清潔だった。
1DKのダイニングテーブルに向かい合わせで座って、もう散々飲んだというのに彼の家にあったワインを飲みながら、相変わらず他愛もない話をした。
ただ覚えていることといえば、わたしがお気に入りでつけているアクセサリーを褒めてくれたこと、前日に塗り直したネイルを褒めてくれたことだけだ。

彼は来客用の布団を敷いてくれた。
ベッドを使っていいよ、と言う彼から来客用の布団を奪い取り寝転がると、逆光になった彼の姿が見えた。
完全に魔が差した。わたしは彼の腕を引っ張り、抱き寄せた。
もうベッドで寝よう、と言われるがままにわたしはベッドに寝かせられ、一度だけキスをされた。
彼の腕の中で微睡んでいるとき、誰のものでもなかったらよかったのに、と低く囁かれて、皮肉にもそれが彼のことを本気で好きになってしまった瞬間だった。

 

翌朝、少し気まずい空気の中、ダイニングテーブルで向き合ってコーヒーを飲んだ。
椅子の上って正座したくなるよね、と何の脈絡もなく言い出す彼に、わたしは体育座りしたくなります、と答えながら、こんな朝を毎日迎えられたらと本気で願った。
二人で一緒に最寄り駅へ向かって、それぞれ職場へ向かった。あの日の晴れやかな冬の空気は一生忘れることはない。

 


あの晩の翌々日、元彼にすべてを打ち明けた。
他に好きな人ができてしまったこと、一人暮らしを始めること、元彼はすべて受け入れてくれた。
わたしは生活する上で元彼にとても依存していたから、わたしの身勝手な理由ではあるけれど、互いにとって良い決断だったと思っている。


お互いに20代で、もう少し馬鹿だったら、このまま付き合えたのかもしれない。
彼は一度結婚をしていて、奥さんを他の人に取られたという深いトラウマを持っていた。
悪いのは完全にわたしの方だというのに、翌日から彼は後悔に苛まれていた。言わば、過去に自分がされたことを他人にしてしまったのである。
わたしは完全に彼のことしか眼中になくなってしまって、今までの馬鹿な恋愛みたいにとにかくアプローチをした。それがますます彼にとっての重荷となった。
LINEの雰囲気でだいたい察したわたしは、きっとフラれるんだろうなと思いつつもバレンタインのチョコレートを買って、彼に会いに行った。


都内の喫茶店で、わたしは人生で初めてフラれることとなった。
あの晩でわたしの人生を大きく変えてしまったこと、どうしても付き合えないこと、全部で10個ぐらい色んな理由を取り繕う彼のことを、嫌いになんてなれないな、と思った。
間違いなく、彼はわたしへ好意を持っていた。それなのにどうして付き合えないんですか、だなんて言ったら嫌われることはさすがに分かっているから、わたしは静かに話を聞いた。
これからも一緒に飲みに行ってくれますか、と聞くわたしに、そんなことしたら遊び人だと思われないかなあ、と真面目に考える彼が愛おしくてたまらなかった。
もう付き合える可能性がゼロかもしれないのに、ますます好きになってしまうだなんてどうかしていると思う。


その後はお互い何もなかったようにご飯を食べに行った。二時間くらいかけて、他愛もない話をした。
今までのわたしだったら、フラれた瞬間に泣きながら彼のもとを立ち去っていただろうに、どうして向き合ってインドカレーを食べているんだろう、と不思議な気持ちだった。
彼のすべてを受け入れたいくらい、彼のことを好きになってしまったのかもしれない。
他人から見れば不毛な恋だろう。ただわたしは、これからもずっとこうして彼とご飯に行けたら、それだけで幸せだと思える。

嵐の活動休止に想うこと

※ガチオタだったのは2009年~2010年のみ、それ以降はお茶の間ファンの戯言です


引越しも終わってひと段落つき、さて焼肉パーティを始めるかという矢先に飛び込んできたのは衝撃的なニュースだった。嵐、2020年を以って活動休止。ニュースの字幕がうまく頭に入ってこなかった。年代ということもあるかもしれないけど、SMAP解散のときよりも驚いた。ファンクラブ会員数は増え続けるばかりで、相変わらずコンサートのチケットは全然当たらなくて、テレビで見ない日はない、そんなグループが活動休止するなんて、これっぽっちも考えていなかった。


二次元にしか興味がなかったはずの中学時代のわたしが突然嵐にはまったのは、たまたま音楽番組で観たtruthがめちゃくちゃかっこよかったからだった。それまでジャニーズというものはクラスのカースト上位の女子が好きなコンテンツ、としか考えていなかったわたしにとって、まさに青天の霹靂だった。どちらかといえば母親の方がジャニーズに詳しくて(それは今でも変わっていない)、嵐にはまりかけているわたしに色々な音楽番組のtruthを見せてくれた。気付けば過去のCDをレンタルしていた。
年頃の中学生に2008年~2009年の嵐を見せたら、はまらない人なんてほぼいなかったんじゃないのかと思う。カーストなんて関係なく、クラスの女子はほとんど嵐に熱狂していた。背中を押すように、2009年にはベストアルバムが発売された。ドル誌だけではなく、メンバーが表紙になっているテレビ雑誌を買ったり、DVDを集めたり、お小遣いは全て嵐に投資していた。DVDを見ながら一人感動して泣いているわたしを見かねて、コンサートに行かせてあげたいと、母親は嵐のファンクラブに入会させてくれた。どうやら世の中にはジャニーズを良く思わない親も多いらしく、今思えば本当に有難い。
しかし熱狂的だったわたしの嵐熱は2010年半ばに冷め、「お茶の間ファン」に転身することとなる。高校に入学し、初めての彼氏ができたタイミングだった。とにかく盲目的だった当時のわたしは、嵐そっちのけで彼氏しか見えなくなってしまった。せっかく入れてくれたファンクラブも、コンサートに行かないまま期限切れで退会することとなった。
もし当時に戻ることができるなら、その後半年で別れることになる彼氏なんかに夢中になるより、そのまま嵐ファンを続けていたかった。ジャニーズカウントダウン8時だJでジャニーズ熱が再燃し始め、つい先週入手したアラフェス2012のDVDを見ながら、ひどく後悔していた矢先の、活動休止の報せだった。


活動休止は大野くん提案と聞いて、やっぱりな、と思った。
わたしは大野くん寄りの箱推しだ。あんなに歌声もダンスもかっこいいのに、バラエティではなんだか抜けているというギャップと、それを温かく見守っている他のメンバー達という関係性が大好きだった。
嵐の信憑性のある不仲説は聞いたことがなかったし、ソロ活動が目立つようになったわけでもなく、5人のバラエティ番組では相変わらずわちゃわちゃしている、そんな彼らがなんの前触れもなく活動休止だなんて、よほどのことだと思った。不祥事でもないのに、彼らがそんなことをするはずがないからこそ、きっとトリガーとなったのは大野くんだ、報道を見た瞬間にそう思った。


今まで突然活動休止や解散を発表したグループをいくつも見てきて、いずれも休止や解散前のメンバーの雰囲気は険悪だった。どちらかというと活動休止自体よりも、あんなに仲の良かった嵐が険悪になってしまっているのではないかと、そっちの方が心配だった。
けれどそんなのは杞憂だったと、記者からのしつこい質問責めに困っている大野くんをすかさずフォローするメンバーを見て安心した。
もし、大野くんを責めるファンがいたとしたら(実際に見たわけではないけれど)。「無責任という声もある」という質問に対して、喰い気味で反応した翔くんの「今後の活動を見て無責任かどうか判断してもらえれば」という言葉、ニノの「リーダーが悪者に見えるのであれば我々の力不足」という言葉を聞いて、さすが智くんガチ勢の二人だと思いながらメンバー直々に反論してくれて良かったと思った。たとえ本当に大野くんのことを悪者扱いしているファンがいたとしても、そんなこと言われちゃ何とも言えないだろう。無責任発言をした記者に対しては相当ムカついたけれど、きっと大野くんがそれを気にしていたのだとしたら、このやり取りのおかげで彼の重荷は少し降りたのかもしれない。
もちろん翔くんやニノだけでなく、きちんと冷静に対応する潤くんも、「ひっくり返った」発言で和ませる相葉ちゃんも居てくれてよかった。この5人じゃなかったらこんなに穏やかな会見は見られなかったし、そもそも大野くんは「けじめをつけるつもりで」事務所を退所したと思う。5人で何度も話し合って積み重ねた結果が活動休止なら、むしろ感謝すべきなのかもしれない。
余談だけど、大野くんが返答に困っているときに翔くんが真っ先にマイクを挙げるのに、潤くんに先に口を開かれてしまいマイクを下げる、といったことが何度かあって微笑ましかった。智くんのことになると感情的になる翔くんほんと好き


第一報では打ちひしがれていたファン達も、「会見を見て落ち着いた」と言っていた方が多かったのが印象的だった。もはや会見も嵐のパフォーマンスの一つと言っていた方の意見に賛同した。
活動休止が何年の間なのかわからないし、ずっと存在していると思っていた嵐が見られなくなるのは、まるで自分の身体の一部がなくなったみたいな物足りなさがあるけれど、5人にとって活動休止も「嵐」というドラマの中の一部に過ぎないのだと思う。

大野くんは、抱えた物の多さに潰れそうだったのかもしれない。「普通の生活」を送れないのも、忙しさも他のメンバーだって変わらないけれど、人それぞれキャパは違うから。そんな彼を支えてくれたのは、1999年からずっと手を繋いできたメンバー達だった。もう戻ることはできないけれど、休止まであと2年もあるし、だれかが欠けるわけじゃないんだから、活動再開後のストーリーだって待っている。
再開後、大野くんが完全にリフレッシュできて、嵐としての生活を楽しんでくれるかはわからないけれど、彼らがいる限りきっと大丈夫だろう。「5×10」の歌詞どおり、ずっと5人でいてくれることを信じてる。

キンプリ永瀬廉くんに救いを求める

前回の記事で「アイドルにハマりたい」と綴ったけれど、無事に堕ちました。キンプリに。

今までわたしは年上男性にしか興味がなかった。人生で一番崇拝する男性はアベフトシで、それはこれからも変わらないし、今まで見てきた男性の中で一番カッコいいと思ったのは「仮面ライダー×仮面ライダー ウィザード&フォーゼ MOVIE大戦アルティメイタム」で大人になった朔田流星を演じる吉沢亮で、それもこれからも変わらない。
そんなわたしに年下男性という新たな選択肢を増やしたのは、年末に放映された「8時だJ」の特番だった。

中3~高1の1年間だけ嵐ファンをやっていたので、もともとジャニーズは好きだった。年代的に「8時だJ」を見たことはなかったけれど、中高生の年頃だとしてもそれより年上のお姉さんだとしても、こんな番組がやってればそりゃジャニオタにもなるわ、といった感想を持った。とにかくみんな可愛すぎる。
そこからは前回の記事にも記したように、ジャニーズの動画を見まくった。

どうせならデビューしたばかりのグループにハマりたいということで、以前からキンプリのことは気になっていた。平野くんしか名前知らなかったけど。
「シンデレラガール」のMVを見ただけでは推しは決まらなかった。みんなキラキラしてるなあ……程度にしか思わなかった。
次にキンプリの自己紹介ソング動画を見てみた。わたしはジャニーズの各グループの自己紹介ソングがかなり好きだ。
わたしは涙袋フェチであり、一人どストライクな涙袋がいた。永瀬廉くんだった。


そこからは廉くんの動画を見まくった。というのが一昨日の話なので、優しい関西弁で喋る高音がきれいなイケメン、という情報しか持ち合わせていない。
嵐では大野くん+その他各一人、のコンビが好きだったように、グループ内でのコンビが好きなんだけれど、廉くんと海人くんのコンビが気になっている。廉くんに年下扱いされて怒る海人くんが可愛すぎた。
とにかくジャニのコンサートに行ってみたいので、さっきファンクラブも申し込みました。もし当選したら一人参戦楽しみます。

昨日は転職先での悪夢と同時に、キンプリのコンサートに行く幸せな夢を見た。これから引越し・転職と憂うつなこと続きだけど、彼らを推すことを生き甲斐にがんばります。