桃色のうさぎ

大丈夫な日の私だけをみつめてよ

あゝなんてつまらない日々

こんなにも空は晴れ渡っているのに、仕事も家族との関係もうまくいかなくて、ただひたすらに好きな人の声が聞きたくなる。
コロナとかオリンピック延期とかめんどうなことを一切なにも考えずに(普段からたいして考えてはいないけれど)、とにかく青くて広い空のもと、お酒を飲みながら過ごしたい。場所はそうだ、1歳の頃に行ったけれど全然記憶にない沖縄がいい。
わたしがもしも男で、ひとりを養えるぶんのお金とそれを実行できる勇気さえあれば、好きな人を攫ってしまいたかった。
そんな妄想をしながら、引越しのせいで来月の暮らしすら危ういしがない25歳のOLは、きょうもつまらない一日をやり過ごす。


仕事での嬉しいことやいやなこと、店員さんが親切にしてくれることもあればすれ違っただけなのに舌打ちをしてくるおじさんなど、世の中はいろんな人間と感情で溢れていて、それらに一喜一憂しすぎる癖を直さないと幸せになれないな、と思った。
好きな人にはこの時期、部署異動の噂があった。異動することは濃厚だったらしいけれど、どうやら環境の変化を嫌うらしく憂うつそうにしていたので、異動がないことを願った。もしも異動してもたまには遊んでくださいね、と異常なほどに心配するわたしを、親の転勤で会えなくなる中学生みたいだね、と彼はからかった。都内から出ることはないから会えなくなる距離ではないのだけれど、なんだか不安だった。
それが月曜のことで、異動の内示は火曜に出るとのことだった。こちらから連絡はしないでおいた。
わたしの職場の他部署の、彼と知り合う切欠となった人(わたしが彼のことを好きなのは知っている)から、○○さん異動したみたいですよ、と聞かされてわたしは固まった。その人は元々彼の同期で、たぶん新卒の頃からの相当長い付き合いだ。そんな人と、突然彼にまとわりつくようになった9歳下のわたしを比べても仕方ないんだろうけど、この人は彼から連絡がきていいなあ、なんて思ってしまう自分が虚しかった。
べつにわたしに連絡しないのも大した理由はないのだと分かっている。こういうちょっとしたことで気にする癖を治さなければいけないことも、十分すぎるほどに分かっている。


昨夜、寝付けない午前1時、ふとツイッターの下書きを眺めていたわたしは思わず笑ってしまった。

 

何も考えずに人を好きになれたのって学生の頃までで、それ以降は将来性とか相性とか打算的なところがあって、好きで好きでたまらない気持ちはもう味わえないんだろう


まるでいろいろな経験をしてきて、この世の恋愛すべてを悟ったかのような口振りだ。けれどこれは所詮、たまたま電波が悪くて世の中に発信されることもなく下書きのなかで燻っていた、ただの24歳の小娘の戯言だ。このときはたった一人の男のせいで、ばかみたいに笑ったり、好きで好きでたまらなくて泣いたりするなんて思わなかった。
3年後、5年後、10年後、こんなふうに日々くるったように書いている文章を見たとき、わたしはどう思うだろうか。若いね、だなんてすこしでも笑えるくらいに成長できていればいいけれど。

恋とは滑稽なものである

人間だれしも最期は一人だし、さみしいという感情さえなければ良いのになあ、とつくづく思う。


以下、一度もちゃんとした告白をしていないのに、すでに3度も友達宣言をされた好きな人のために努力したこと。

・好きな人の好みに合わせようと、5年間伸ばし続けていたロングヘアをばっさりカット
・見せるわけでもないのに6000円の下着を購入
・こういう機会でもないと一生着ないだろうと決心し、15000円のジェラートピケを購入
・20000円の資生堂メイクアップレッスンに応募(来週受講する予定がコロナの影響で延長)

どれもこれも、彼にすこしでもかわいいと思われたい、それだけの理由だ。
傍から見たら、馬鹿に見えてるんだろうな、と自分でも思いながら、若気の至りだと自分に言い聞かせる。

 

恋をする上でなによりも怖いのは、失恋なんかではなく、「大好きだった人のことを好きじゃなくなる瞬間」だと思う。
思えば元彼と5年間同棲している上で、それが訪れかけたことは何度かあった。互いに解決したように思っていたけれど、ただ蓋をしていただけだったのだろう。
好きになってもらうためにこんなに苦労した彼のことだって、かなり些細なことで好きじゃなくなるときが来るかもしれない。
いまの自分や彼にとってはそれが幸せなのかもしれないけれど、好きという気持ちはそんな簡単に捨てたいものではない。と言いつつも、寂しい夜には「好きになりたくなかった」と泣いたりするから、やはりさみしさは厄介だ。
外見を磨いて、体重は4年前の52キロから39キロまで落ちて、だれかわたしのことを好きになってくれる人が現れるかもしれない。けれどその人のことをわたしが好きになれるかは別問題なので、あまり考えないことにする。


明日は2週間ぶりに彼に会いに行く。以前、女の人のベレー帽かわいいよね、と言っていたので、もう春の訪れを感じるけれどわたしはベレー帽をかぶる。
その会話をしていたときはだいぶ酔っていたのに、そこだけ断片的に覚えていて、恋する女の記憶力の凄さを痛感する。
幸いにも、わたしには未来を憂うためのモラトリアムはまだ残されている。
いまのわたしの最大の幸せは、わたしも彼も好きな牡蠣のクリームパスタを食べながら、赤ワインがいいか白ワインがいいか言い合ったり、甘いものを食べたいとわがままを言って彼を困らせたり、彼の傍で眠ることである。「特別じゃない」とわたしに言った彼がわたしに優しくしてくれるたび、その優しさが嬉しくて切ない。
先の見えない恋愛に縋って、楽しさとそれの倍以上のさみしさを噛みしめてこうして文章にする。感情は言葉にするしかない。少しでもこの恋愛に後悔が残らないように、ただひたすら思ったことを書くだけだ。

17歳、ミッドナイト清純異性交遊

17歳の頃、学校も家庭も居場所がなくてぼろぼろだったわたしは、とあるSNSに登録した。
ユーザーはほとんど20代で、女子高生だなんて信じてもらえなかったしネカマとすら言われた。けれど学校や家庭が辛いことを日記に綴っていくうちに、いろんな人がわたしに優しくしてくれるようになった。
17歳というだけで、下心を持って近づいてくる男性もたくさんいた。当時のわたしは馬鹿だったからそれを拒むことをしなかった。どんな形でもいいから、とにかく誰かに愛されていたかった。

 

Skype通話をするようになった人も何人かいて、その中にふっくんという男性がいた。
ふっくんはSNS上の書き込みだけだと性別すらわからないほど(しばらく女性だと思い込んでいた)全然素性を掴めなくて、けれどなぜかみんなに人気があって、わたしが弱音を書き込むと誰よりも元気になれる言葉をくれた。
通話仲間の中で、一番通話時間が長かったのはふっくんだと思う。当時通話をしていた男性のほとんどはわたしに下心を抱いていたけれど、ふっくんは唯一、わたしのことを友達として扱ってくれた。
当時のわたしは音楽しか縋るものがなくて、エルレガーデンばかり聴いていた。30歳だったふっくんはエルレ全盛期で、解散前にライブに行った話などをしてくれた。
学校にいる意地悪なクラスメートや、下ネタしか脳の無い男子のこと、すこしおかしくなってしまった家族関係のことなど、ふっくんはわたしが話すことをなんでも聞いてくれた。
ふっくんから話してくれることはどれもこれも他愛のない話だったけれど、とても居心地がよかった。

 

やがてわたしはSNS上でのいわゆるサークルクラッシャーがバレた。バレたのはたった一人だけだったけれど、やがてみんなに広まるだろうと思って、そのまま消えてしまうことにした。
ふっくんがSNS上からいなくなったのもその直前だったと思う。よくアカウントを消しては別名で登録を繰り返していたから(ふっくんであることを隠そうとはしていなかったから、なぜそんなことをしていたのかは不明である)さほど気にならなかったけれど、Skypeもオフラインの状態が続いた。
その数か月後、わたしは学校での居場所を取り戻し、クラスメートに好きな人もできて、ようやく真っ当な青春を過ごすことができたから、ふっくんの存在は忘れてしまった。

 

2018年、エルレが再結成すると知り、すぐに思い出したのはふっくんのことだった。
どうしても話したくなって、当時使用していたSkypeにログインしようとしたけれど、ユーザー名もパスワードも失念してしまった。
そして先週、一人で家で飲んでいるとき、どうしてもふっくんと話したくなった。あれから10年ちかく経とうとしている。恐らくふっくんはもう40歳で、結婚して子どもだっているかもしれない。
それでも一言でも話せれば、またあの心地の良い夜を過ごせそうな、そんな幻覚をみてしまった。
わたしは試しに10年ぶりにSNSに登録して、ふっくんの存在を探した。けれどユーザー一覧は当時と様変わりしていて、ふっくんの姿はどこにもなかった。

 

どんな話も受け止めてくれるところや、わたしのことをからかうのが上手いところなど、今の好きな人とふっくんはとても似ている。
ふっくんのように、互いに友達というだけの認識だったらどれだけ幸せだっただろうか、生涯の親友になれていたかもしれない。
先日、まだちゃんとした告白は一度もしていないというのに、わたしは好きな人から二度目の友達宣言を受けた。終電間際の電車を待ちながら、ポルノグラフィティの「ロマンチスト・エゴイスト」を聴いてわたしは号泣した。
それでも好きな人は変わらずに優しくて、諦めることなんてできないと思った。
あれだけ男を弄んでいたわたしが、不毛な恋にこんなに必死になっているなんて、ふっくんが聞いたらどんな反応をするだろうか。
もう二度と来るはずもない、17歳のあの夜をわたしは何度も思い出す。

3月8日、吉祥寺にて

一晩中、彼に抱き着いていたときの体温と香りが、いまもわたしに焼き付いている。


日曜日は好きな人とデートだった。
「デート」と口に出したらこれはデートじゃないんじゃないの、と言われた。彼はよくわたしに意地悪を言う。わたしが子どもみたいにムキになって反論すると彼は楽しそうに笑うから、なんでも許してしまう。
わたしも彼をからかうことが好きで、同じようにムキになる彼が可愛くてたまらなかった。こんな風に冗談を言い合える人は初めてだ。

彼からホワイトデーのお返しをもらって、思わず泣きそうになった。
バレンタインのとき、彼のことを好きだと自覚する前の義理チョコ、その後日に好きだと自覚してからの本命チョコの二個を渡していた。義理チョコは喜んでくれたけれど、本命チョコを渡したときは既にフラれた後だったから、受け取るべきじゃないんじゃないかなあ、と彼はとても気にしていた。
お返しは二個入っていた。二個もらったんだから、二個返すべきでしょ?と当然のように言われて、聞きたいことは色々あったけれど今は幸せだけを感じていたいから、すべて呑み込んだ。


もう何度も会っているというのに、相変わらず話題は尽きなかった。
わたしは今まで人間関係を構築するのがとても下手で、相当気が合わないと話題が尽きてしまうことが多々あった。
彼といると時間も忘れて、目の前においしそうな料理がたくさんあることも忘れてひたすらに喋り続けてしまう。彼はどんな話題でも同調してくれて、話を広げるのがとても上手だった。

元々文章を書くのが好きだったこと、これからたくさん文章を書きたいこと、ここ最近で考えていたことをわたしは彼に打ち明けた。
書くことなんてほとんど彼のことしかないけれど、きっと自分のことを書かれることは嫌だろうと思ったから、内容は言わないでおいた。それなのに彼はまた意地悪な顔をして、良い題材もできたしね、とわたしのことをからかうのだった。
本の話題で盛り上がったことがとても嬉しかった。わたしは小学生の頃はひたすらに小説を読んでいて、たまにクラスメイトから何読んでるの?と聞かれ、答えた挙句興味なさそうな顔をされることがトラウマで、未だに好きなものを自分から言うのは怖かった。どんなものを読んでいても引かないから言ってごらんよ、と言われて、わたしはひどく安心した。
彼も本を読むことが好きで、本屋でバイトをしていたこともあるのだそう。こんな店員さんと出会ってみたかったな、などと意味のない夢をみたりした。

会う前から、今日は二軒目行けるかな、と不安だった。二時間ちょっとじゃあ、彼に会うまで浮かれていた二週間分の気持ちを消化させることなんてできない。
わたしが日本酒が好きだから日本酒のお店を予約してくれたというのに、突然脈絡もなく今日はワインも飲みたいなあ、と呟いたわたしに、ここでもう一杯飲むか二軒目でワイン飲むかどっちがいい?と提案してくれて、迷わずに後者を選択した。
店に入って一時間半経った頃、そろそろ二軒目行こうか、と言われたときもわたしの方の料理はほとんど手付かずで、食べるの遅くてごめんなさい、と謝るわたしに、急がなくても大丈夫だよ、と彼は優しく答えてくれた。

 

二軒目でもわたしたちのおしゃべりは止まらなかった。
先日の記事でも書いたとおり、わたしはこの日のデートのために大騒ぎだった。
前の日にネイルを塗ったばかりだというのに、少しだけ欠けているのが気に食わなくて1時間かけてすべて塗り直した。前々回は大人っぽいくすみピンクのニット、前回は清純を思わせる白のニットを着ていたから、大人っぽく見えるように黒のタートルネックを着た。この日は3月だというのに寒くて雨も降っていたけれど、タイツではなくストッキングをはいた。
髪型も、彼が好みだと言っていた「ボブで毛先がゆるふわパーマ」になるように必死でセットをした。
こういう段階を口に出さずに相手から褒めてもらうのを待つのが大人だとわかっているのに、わたしはすべて彼に話した。今日のわたしかわいくないですか?と子どもみたいな質問をするわたしに、この前と違う髪型にしてきてくれてさあ、可愛くないわけがないじゃん、と照れくさそうに彼は答えた。


すっかり上機嫌で酔ったわたしは、今度は甘いものが食べたいですね、と三軒目に誘った。駅前に彼が行ったことのあるカフェがあるから、そこに行くことになった。
少し歩くけれど、と言われて、わたしは酔ったふりをして思わず彼の左腕に抱き着いた。彼に密着しようとしたことは何度もあるけれど、そのたびにダメだよと拒否され続けていたから、きっと今回も言われるんだろうなあと思った。先手を打って、ダメですか?と聞いたわたしに彼は悪びれもなく、いいよ、とだけ答えて、まるでカップルのように夜道を歩いた。
時刻は22時を過ぎたばかりで、どこのカフェもラストオーダーは終了していた。仕方ないから帰ろうね、と言い聞かせる彼の言葉で、わたしの帰りません攻撃が幕を開けた。
何もしませんから(何もしないわけがないと、彼もぜったいに分かっている)お家で甘いもの食べましょうよ、とわたしはまるで子どものように駄々をこねた。相変わらずダメだよ、としか答えない彼に、どうしてダメなんですか?とわたしは詰め寄る。寝るところだってないし、おめかしセット(この言い方がとっても可愛くてずるい)だって持ってきてないでしょ?と彼は言う。わたしはフローリングで3時間眠れる女なんで大丈夫だし、おめかしセットだって持ってきてますと、持ってきてもいないくせにわたしは負けじと答える。
この他にもさんざんやり取りはあっただろうけど、根負けしたのは彼だった。はしゃいで抱き着くわたしに、彼はもう何も言う気もなさそうだった。


また彼の家に来れたことが夢のようだった。
わたしたちは向かい合って、彼がくれたお菓子とともにワインを飲んだ。それは1万円もするワインだと一軒目の時点で聞いていたから、こんなの勿体なくて飲めませんよと言ったけれど、どうせあけてから日数経ってるし飲んでいいよ、と惜しげもなく注いでくれた。当然だけれど、今まで飲んだワインの中で一番美味しかった。安いワインと飲み比べしてみよう、と彼は子どもみたいにはしゃぎだして、高いのと安いのじゃあやっぱり全然違うね、と言っていたけれど、どっちも美味しいですよ、とわたしは答えた。彼と一緒なら、なんでも格別に美味しかった。
彼がくれたお菓子を家に持ち帰りたくなかったから、残りは次来たときに食べることにした。歯ブラシとメイク落としも置いておいた。着実に居座る準備をしているね、と、彼はなんでもお見通しだった。

結局わたしはフローリングで寝ることはなく、彼が来客用の布団で寝ることもなく、あの晩のように一緒のベッドで眠った。
何度かキスをするたび、低い声でダメだよ、と囁かれる。その声はどう聞いてもダメなように思えなかったけれど、大人しく抱き着いて眠ることにした。
頭を撫でてください、とねだるわたしの頭を、彼は優しく撫でてくれた。小さい頃に母が撫でてくれたような、とても優しい仕草だった。その感触がどうしようもなく愛おしくて、大好きです、と泣きながら繰り返した。


翌朝、彼は朝に弱いらしく、四回目のアラームで起床した。
わたしがシャワーを借りている間に、彼はきれいな弁当をこしらえて、コーヒーと紅茶を淹れてくれた。わたしは椅子に体育座りをしながら、スーツに着替える彼の姿に見惚れていた。
どうにかして素面の状態でキスがしたかった。けれどその日の彼はなんだか忙しなくて、玄関を出たときにキスをしようとしたら、何してるの、と叱られた。
その日のわたしは仕事が休みだった。わたしが押しかけただけなのに、俺の時間に合わせて出てもらってごめんね、と彼は言う。わたしの家の方面の電車は混雑で乗れたものじゃなかったから、ラッシュが過ぎるまで最寄り駅そばの喫茶店で時間をつぶすことにした。
じゃあまた20日に、また電話しますね、と彼を見送る。こんなやり取りが当たり前になればいいのにと、わたしは晴天の朝に願った。


一緒にいると本当に楽しいんですけどどう思いますか、と問いかけたわたしに、楽しいよね、と彼は嘘のない表情で答える。
少しでも長く彼のそばにいられるだけでよかった。こんな風な、友達以上恋人未満の関係でもいいから、悲しい終わりは見たくない。
そう思うことは彼のためではなく、自分のエゴでしかないのだろうか。

デート30分前の手記

好きな人に会うときは、前の晩から大騒ぎだ。
彼にネイルを褒めてもらうことを生き甲斐にしているので、たとえ塗ったばかりであろうとも少しでも剥げていればすべて落とし塗り直す。急いで塗ると仕上がりが雑になってしまうので、1時間ほどかけて丁寧に、爪先に魔法を施す。


次の日の朝、大好きな音楽を聴きながら、30分ほど湯船に浸かる。特別な日にしか使わない良い香りのシャンプーで髪を洗い、化粧ノリをよくするために保湿も念入りに行う。
着替えを済ませてから、出かける2時間前から化粧を始める。30分もあれば終わる作業だけれど、だいたい服がしっくりこないだの、靴が見つからないだの騒ぐこととなるので、念には念を入れる。化粧のときも好きな音楽は欠かせない。最近のお気に入りは東京事変の「女の子は誰でも」。
瞼に大きめのラメ、涙袋には細かいラメ、2色のアイラインを上瞼と下瞼にひいて、マスカラはだまにならないように。
数年前は化粧なんてめんどくさくて、ほぼすっぴんでいることを誇りに思っていたけれど、今ではこの作業が大好きだ。好きな人に褒められたいためだと思うと尚更だ。
前髪を作る工程はいちばん難しい。今日も巻きすぎてしまい、必死で指で伸ばした。ひたすら鏡とにらめっこするのは、隣に並ぶ好きな人に少しでもかわいいと思われたいから。
姿見なんてものはないので、机においた鏡から少し離れて全体像を見る。納得がいけば、恋愛兵器わたしの完成だ。

 

好きな音楽を聴きながら電車に乗る。天気は小雨。好きな人と会う日は天気が悪い日が多いけれど、そんなこと関係ない。唯一、新品のパンプスを履けないことは残念だけれど。
待ち合わせ時間が近づくたびにわたしの心臓は破裂しそうになる。どうか少しでも一緒にいて楽しいと思ってもらえるように、意味のないシュミレーションを何度も繰り返す。
片想いって、とても楽しい。

スマホ越しにきみに焦がれる

お酒の力に助けられる夜もある。
昨夜は家で一人で飲んでいた。半端に余っていたワインをあけたら気分が良くなって、予備で買っておいたビールを一気に飲み干した。
お気に入りの音楽をBluetoothスピーカーで流し、一緒に口ずさみ、すっかりわたしはご機嫌だった。
酔ったわたしは、普段抑制している欲望が出てしまうことが多い。好きな人の声が聞きたい、と、強烈に思った。

 

LINE画面を開いて、発信ボタンを押すのは簡単だ。
相手が出てくれなくても、間違えてかけてしまったことにすればいい。そのやり取りだけでも良かった。むしろ出ないでほしかった。
わたしの願い通り、彼が応答することはなかった。すぐさま「ごめんなさい、間違えました。気にしないでください。」とLINEを送って、相変わらず空回っている自分への嫌悪に打ちひしがれた。

 

数分後、トイレに行ってきてスマホを見たらLINEが何通も来ていた。彼からだった。
どういうわけかわたしが送ったLINEが届いていなかったらしく、電話かけた?間違い?と、焦っている様子の文面になんだか拍子抜けして笑ってしまった。
間違いではありません、「声を聞きたいなと思って押した」が正解です。少しでもいいので、電話できませんか?と、わたしは正直に送った。
ご飯を作り終えてからで良ければ、という返事が来てから連絡が来るまでの間、心臓が破裂してしまいそうだった。

電話をかけたところで話題なんてあるのだろうか、突然電話がしたいだなんて引かれただろうな、と心配していたわたしをよそに、電話の向こうの彼はなんだか楽しげだった。
普段よりも低く聞こえる声はいつものように優しい口調で、いつものようにさまざまな話をしてくれた。音質が少し悪いことがもどかしかった。
10分だけでも話せればいいな、と思っていたのに、わたしたちはおよそ1時間半も喋り続けた。話題は途切れることがなくて、二人同時に喋り始めてお互い譲り合いになったときは可笑しかった。
話していてこんなにも楽しい人は初めてだ。わたしが話したことへの反応も、彼の話も、何もかもが心地良い。
この前の飲み会の帰り道、連絡したいけど迷惑かと思ってできないし、と泣きついたわたしに、連絡なんていつでもしていいよ、と彼は答えていた。それが社交辞令ではなかったことが、とてつもなく嬉しかった。
電話って楽しくないですか?と聞くわたしに、彼は照れくさそうに笑った。これからもしていいですか、と聞いたら、今度は事前にLINEしてね、と答えた。

 

好きな人と電話をしたくても、俺だったら怖くてかけることなんてできないよ、きみは本当にすごいね、と彼は言った。
どういう意味なのか最初はわからなかったけれど、どうやら彼は純粋に褒めているようだった。
わたしが彼への熱烈アプローチで玉砕した日、恋愛は引くことも大切だよ、と彼に咎められた。
けれど、酔った勢いでかけた電話によって過ごした時間は、わたしにとっても彼にとっても間違いなく楽しい時間だった。
わたしが彼に出会ってから色々なことが変化したように、わたしによって彼もなにか変化があったら嬉しい。
そんなことできるかわからないけれど、どんな手段でも、彼を楽しませられたらそれでいい。わたしの話で笑ってくれる彼のことが、大好きでたまらない。

桃色溜息

引越しのために引き出しを整理していたら、好きな人に初めて会ったときにもらった名刺が出てきてどきりとした。
そのときは複数人から名刺をもらったはずだったのに、見つかったのはなぜかその一枚だけだった。
なにかを予感していたのだろうか、などと考えつつ、最近購入したお気に入りのカードケースにそっと仕舞いこんだ。


名は体を表す、とはよく言ったものだと思う。
好きな人はフルネームの字面も響きもとてもきれいだし、純粋すぎる彼によく似合っている。
わたしも自分の名前はとても気に入っている。母いわく何も意味なんてなくただ字面と響きだけでつけたそうだけれど、かわいい名前だねと昔からよく褒められる。
自分の容姿に自信がなかった頃は、名前負けですみませんね、だなんて性格もかわいくないことを思っていたけれど、自分で髪型を選んで、服を選んで、化粧を始めるようになってからは、胸を張れるようになった。
わたしは色の中で最も桃色が好きで、それが名前に使われていることがとても嬉しい。小さい頃は黄色や橙色が好きで、中学生の頃は黒が好きだったけれど、高校生の頃からずっと桃色が大好きだ。
人生で何度も名乗るうちに愛着が湧いた可能性もある、鶏が先か卵が先か。


わたしの中で、人のイメージは名前で決まることが多い。
色が使われている人なら、その人のことを思い出すたびに一緒に色も思い浮かべる。花や季節も、一瞬でその人のイメージとなる。
他人から見た自分は桃色を纏っていればいいなと思う。ラベンダーでもなく、マゼンタでもなく、赤と橙の中間のような桃色がいい。カラーコードは#f09199。
そんな色が似合うような、繊細で可憐で見るだけで人を癒せるような存在になりたい。